LOGIN「は?」 呆けたようにきょとんとした宮本は、口を半開きにしたまま、野木沢をまじまじと見つめる。「ずっと忘れられなかった。逢えなかった間も、いつもアイツを思い出してた。でもさっき逢ったら、諦めていた想いが再燃して……」「再燃、え…っとそれは、鎮火する見込みは――」 間の抜けた質問を投げかけていことがわかっていたが、問わずにはいられなかった。「嘘ですよ」「へっ?」「宮本様が大切にしてる橋本を、僕がとるなんてありえませんよ。脅かしてすみません」 丁寧に頭を下げて詫びる野木沢に、「そうですか、びっくりした」なんていう言葉と、のんきすぎる対応をする。短い間のやり取りだというのに、精神の疲労が半端なくて、今すぐにでも家に帰りたくなった。「橋本とまたご来店する日を、お待ちしております」 野木沢は頭をあげるなり、営業スマイルで宮本を見据える。自信満々の笑みを目の当たりにし、目を瞬かせながら取り繕うような笑顔を見せた。「はいぃっ、陽さんとそのうち顔を出しますね。失礼します!」 ぺこりとお辞儀をしてから、そそくさと逃げる感じで店をあとにした。 胸元をぎゅっと握りしめて、デコトラを停めてある駐車場に向かう。着ているシャツが、汗でじっとり湿っていた。(あの様子は野木沢さんが、冗談を言ってるように思えなかった。どうしよう、陽さんの好みっぽい彼が迫ったら、心変わりするかもしれない。だって俺は陽さんの好みと、かけ離れているから――) 心が押し潰されそうになりながらも、午後からの仕事をなんとかこなした。早く仕事を終わらせて、橋本が住むマンションに行くことを目標にしたお蔭で、いつも以上に手際よく仕事をこなせたのだった。
自分から遠慮せずになんでも言ってくれと告げた手前、答えにくいことを問いかけられても、返事をしなければならない状況に追い込まれて、宮本の頭の中がぶわっと混乱した。「よ、陽さんに取り入ってなんて、そんなんじゃなく……」「橋本は簡単に落とせる男じゃないことはわかってる。だから、橋本の好みとは離れてる君と付き合っているというのが、不思議でならなくてね」「えっと、なんていうか、粘り強く交渉したみたいな感じで。むぅ……」 後頭部をバリバリ掻きながら、どうやって説明したらいいか困惑する宮本に、野木沢は真顔のままサラリと告げる。「自分の躰を提供したとか?」「ひっ! そんな大胆なことは、俺にはできませんっ」「僕はしたよ。橋本に頼んで抱いてもらった」 突然のカミングアウトに、宮本の顔が凍りついた。 さっきまで考えていたことが粉々に砕け散り、見る間に真っ白になる。アホみたいに口をパクパクさせるのが精いっぱいで、まったく言葉にならなかった。「とはいえ学生時代のことだから、かなり前のことだけどね。橋本自身決まった相手がいない状態だったし、僕を抱くなんて簡単だったのかもしれないけど……」「野木沢さんは、陽さんのこと――」「好きだったよ。抱かれた当時は、すごく嬉しかった……」「そう、ですよね、やっぱり」 橋本がいなくなってから、野木沢の態度が豹変したことについて、一応納得した宮本だったが、今カレとしてどんな対応をしていいのかわからず、視線を右往左往させる。(陽さんが江藤ちんと対峙したあの日、そのときの陽さんの心情を慮れなかった俺って、すっごく最低だったかもしれない。過去のこととはいえ、こんなに妬けるなんて、思いもしなかった) 彫像のように硬い表情の宮本を見て、野木沢はいたわるようにそっと話しかける。「すみません。昔の話を持ち出して、宮本様の気分を害してしまって」「やっ、だっ、大丈夫です。陽さんがモテるのは、わかっていたことですし」 宮本は必死になって、たどたどしい口調でなんとか対応する。なんともいえない嫌な汗が、背中に流れるのを感じた。「お優しいんですね」 野木沢は相手が戸惑うような曖昧な笑みを浮かべて、宮本に向かって微笑む。「それほどでも……」 妙な笑みを目の当たりにして、自分も愛想笑いをすべきか悩んだときだった。「その優しさに、甘えてしまい
野木沢が説明しようとした瞬間に、店内に聞き慣れたアプリの着信音が鳴り響いた。瞬間的に宮本は寂しい顔をする。それは橋本との逢瀬を邪魔する、嫌な着信音だった。「ゲッ! もう呼び出しかよ。指定された時間よりも、ずいぶんと早いじゃねぇか……」 橋本はげんなりした表情でスマホを見、宮本と野木沢に頭を下げる。「悪い、これから仕事に戻る。詳しい打ち合わせは、後日改めてでいいか?」「俺は構わないっす。元はと言えば、俺が遅れたのがいけなかったんだし。気にせず、仕事に行ってください」「なんだか、仕事のできる男って感じだな。店はしばらく安泰だから潰れることはないし、いつでも打ち合わせができるから、安心して行ってこい」 名残惜しそうに視線を飛ばす宮本と、右手を振って見送る野木沢に見送られて、橋本は店をあとにした。「橋本ってば、学生時代と変わらないな。慌ただしさそのまんま……」「そうなんですか」「ええ。本人自分の格好良さに無自覚だから、人気があったことすら気づかずに、友達にお節介ばかりしていたんです。そういうことをしていたら、必然的にモテるっていうのに」 野木沢のセリフに、宮本は言い知れぬ引っかかりを覚えた。「やっぱり陽さんって、学生時代からモテたんですね」「モテていたけど、橋本の好みの煩さもあったから、付き合っていたのは限られていたけどね」「あー、陽さん面食いだから……」 頻繁にハイヤーを使う客で、橋本の友人でもある榊の顔を思い出しながら口にすると、野木沢は頬に浮かべていた笑みを消して、宮本の顔をじっと見つめた。「橋本の趣味、知っているんですね」「えっと、はぁ……。それなりに」 目踏みするような野木沢の視線を受けて、居心地の悪さをひしひしと感じていたら、目の前にある顔が横を向く。橋本と同じように整った顔立ちをしている野木沢は、マネキンのように無表情で、何を考えているのか、宮本にはさっぱりわからなかった。「宮本様はお客様ですけど腹を割って、話をしてもよろしいでしょうか?」「俺はかまいませんので遠慮せずに、なんでもおっしゃってください!」 丁寧な口調の中から、妙なアクセントを置かれたせいで、野木沢の心情を宮本は素早く悟り、必死に口角をあげて笑顔を浮かべる。だがその笑みは無理して作ったせいで、あからさまな愛想笑いになってしまった。「橋本の好みじゃない
「どれどれ。あ、ホントだ」「橋本は昔っから、大雑把なんだよ。やっぱり変わっていないな」「大雑把でも今まで問題なく、やっていけたんだって!」 カッとして顔をあげた橋本を、野木沢はニヤニヤしながら眺めた。「傍で友達に補助されていたから、問題なかったというのに。宮本様も大変ですね」「あー、その…俺もそこまで細かくないので、陽さんの補助は、きちんとできていないと思います」「橋本よりは細いってこと、思いっきり暴露しちゃったね」 ぷっと吹き出した野木沢に、橋本は思いっきりブーたれ、宮本は焦りまくった。「いえいえ! 陽さんのほうが機微に聡いぶんだけ、俺なんかよりもしっかりしてるんです。まいったな……」 後頭部を掻きながら、弱った表情をありありと見せる宮本に、橋本はちょっとだけ躰をぶつけた。「機微に聡すぎて深読みした挙句に、おまえにいらないお節介したのは、どこの誰だっけ?」「これ以上、困らせないでくださいよ!」 見つめ合うふたりを見て、野木沢は柔らかく微笑みながら口を開く。「仲がよろしいですね。そんなおふたりにぴったりな指輪を、僕がデザインしたいのですが」「野木沢……。それって本当にいいのか?」 突然の申し出に橋本は驚き、声を上ずらせて訊ねた。「宮本様と橋本のふたりがいいって言うなら、特別に作ってみたくなったんだ。ここに展示されているものでもいいんだけど、なんていうか……。同性同士だからこそ、いいものを作ってみたくなって」 少しだけ照れながら告げられた言葉を聞いた宮本が、身を乗り出して話しかけた。「俺、陽さんのネクタイピンをオーダーしたときに、想像以上のものを作ってくれたじゃないですか。あれを指輪で作ってくれるのなら、願ってもないチャンスです! お願いできますか?」「雅輝、落ち着けよ」「落ち着けませんっ。俺の話を聞いただけで、ネクタイピンにつける石をピックアップしてくれたとき、ロイヤルブルーのあの石を選んでくれたのは、野木沢さんなんです。感動を通り超して、ぞくっとさせられたんですって!」 両手に拳を作り、熱く語る宮本の肩を叩きながら、橋本は改めて野木沢に向かい合った。「雅輝もこう言ってることだし、俺からもお願いしたい。頼めるか?」「こちらこそ、喜んで引き受けさせてもらうよ。それじゃあ――」
「結婚したいと思った女性に逃げられた反動で、サラリーマン辞めてさ。今はハイヤーの運転手をしてるってわけ」 憐れむ視線を野木沢に注がれたせいで、参ったなぁと思いながら、過去の出来事をぽつりぽつりと語った。あえて榊のことを隠したのは、橋本の中で深いキズだったから。 一応笑って語れるネタを振ってみたというのに、野木沢はどこか暗い表情をキープしながら、淡々と口を開く。「お互い、いろいろあったんだな」「だけど今は幸せだ。アイツのお蔭で――」 微笑む橋本を見て、野木沢もやっと笑みを浮かべた。「なんだかな~。橋本にそうやって惚気られると、仕事を恋人にしてる僕が、不幸みたいに思えてくるだろ」 互いに目線を合わせて笑ったそのとき、店の扉が大きく開かれた。「すみませんっ、あの!」 息をきらして入店した宮本を、ふたり揃って出迎えた。「いらっしゃいませ!」「相変わらず遅刻とは、期待を裏切らねぇよな雅輝は」「午前中の仕事が押してしまって。陽さんは早めに来ていたんですよね? 待たせてしまって、ゴメンなさい」「大丈夫だ。ちょうど世間話に、花が咲いたところだったし。な、野木沢」 親しげに話しかけた橋本に、野木沢はにっこり微笑みながら、小さく首を傾げた。「まぁね。橋本のデレた顔が拝めるとは、予想外だったよ」「あの、おふたりって――」「野木沢とは、中学高校の同級生なんだ。15年振りの再会ってわけ!」 野木沢と見つめ合う、橋本の様子を目の当たりにして、宮本は微妙な笑みを唇に湛えた。 たじろぐ宮本の様子を察し、野木沢は指輪のコーナーのショーウィンドウをさし示しながら、丁寧に説明をはじめる。「さっそくなんですが今回はお揃いの指輪を、当店でご購入するとのことでしたが」 ニッコリ微笑んで、ところどころにアクセントを置きながろ喋る、商売上手な野木沢らしいセールストークに導かれて、宮本は橋本の隣に並んだ。互いに顔を突き合わせつつ、ショーウィンドウの中にある、たくさんの指輪を眺めた。 店内の照明を受けて光り輝く指輪を、隅から隅まで眺めるうちに、橋本が重たい口を開く。「う~ん。こうしてみるとパッと見、どれも同じに見える。雅輝はどうだ?」 顎に手を当てながら、なおもショーウィンドウの中を覗き込む橋本に、宮本は若干呆れながら話しかける。「確かにパッと見は、どれも同じに見え
してやったりなその態度に、橋本は苛立ちを隠せなかった。「それ、アイツが言ったのか?」「お客様のプライベートな話だからな。言えないよ」「野木沢っ!」 眉間に皺を寄せて怒る橋本を見て、野木沢は肩を揺すりながらクスクス笑う。「橋本の気の短さは、相変わらずなんだなぁ。そういう子どもっぽいところに、宮本様は惹かれたのか」「なんだよ、子どもっぽいって」「はいはい、訂正。見た目とのギャップにやられたんだろうね」「優柔不断のくせして、口だけは達者なんだよな。まったく……」 つんと顔を逸らした橋本のネクタイに、野木沢は手を伸ばした。「自分でデザインしたものだけど、想像以上に似合ってる」「そうか?」 顔を逸らしたまま視線だけで前を向くと、満足げに微笑んだ顔が目に映った。「スターサファイアの煌めきと橋本の雰囲気がマッチしていて、互いの良さを相乗効果してる感じ」「そうなんだ。アイツがおまえに、なにを言ったか知らねぇけど、サンキューな」 告げられた言葉に照れた橋本は、ふたたび視線を逸らした。「宮本様とは付き合いは長いのか?」 いきなりプライベートなことを訊ねた野木沢の態度が気になって、ゆっくり顔を戻す。 自分よりも少しだけ背の低い彼を見下ろしながら、橋本はちょっとだけ微笑んだ。宮本に告白されたのがつい最近のような気がしたのに、他人に改めて訊ねられて、一緒に過ごした過去が脳裏に、鮮やかな映像としてよみがえる。「いや、そろそろ1年ってところ」「そうなんだ、へえ……」「倦怠期っぽいもん、俺から感じてる?」 付き合った期間を告げた途端に、野木沢の顔色が曇ったので、思わず訊ねてしまった。「まさか! 橋本の雰囲気から、仲の良さしか感じてない。羨ましいなって」「そういう言葉が出てくるということは、野木沢は独り身か」「残念ながら正解だよ。忘れられない恋をしたせいで」 忘れられない恋というワードで、榊への恋心を思い出した。友人がそんな恋をして、未だに独り身でいることがかわいそうになり、腰に手を当てながらレクチャーしてしまう。「叶わない恋を諦めた俺が言うんだ、そんなもん、とっとと忘れろ。案外すぐ傍で、おまえを見てるヤツがいるかもしれないぞ!」「叶わない恋、か……。橋本も苦労したんだな」
ワンエイティが横付けされたのをきっかけに橋本が助手席から降りると、バトル後でぼんやりしていた俺も、慌てて運転席から降り立った。「まーくん、お待たせ♡」 泣き真似した女が宮本に抱きつこうとしたので、橋本は無言のまま女の襟首を掴んで、素早くそれを引き留めた。「おじさんってば、ちょっとくらいいいじゃない。私の完敗だったんだし、まーくんに慰められたいんだってば」「余計な刺激を与えるな。バトルしたあとで、雅輝は疲れてるんだから」「とかなんとか言っちゃって。本当は恋人のまーくんに、触れられたくないだけでしょ?」 女が告げたセリフに橋本はたじろぎ、掴んでいた襟首から手を放すと、すかさず腕を掴
*** 肩を貸して連れ帰る道中は互いに話をすることなく、無言のまま足を動かし、加賀屋の住むアパートに向かった。「お疲れ様。もう体力がなくなるような、無理な練習するなよな!」 アパートに到着後、肩を貸してる加賀屋の腕を外し、帰ろうと身を翻した。すると俺の背中をぎゅっと掴む手に、動きを止められる。「笹良、ベッドまで運んでくれ……」(ここに来てそんなことを言うなんて、本当に加賀谷ってば我儘大王だな)「そんなの、自力で這いずって行けよ」 白い目で加賀屋を見下ろして、はじめて気がついた。つらそうにアパートの扉に寄りかかりながら、両足を震わせる姿に言葉が出なくなる。「笹良ぁ……」「ああ
「エッチな俺は嫌?」「俺は男だ、そんな対象じゃないだろ」 俺が喚くと、加賀屋は顔の前にある両手を力ずくで外した。まっすぐ注がれるまなざしに、うっと言葉を飲む。「そんなの関係ない。だって笹良だから」「でも……」「笹良の全部を、俺のものにしたい」「うぁ、そんな、の」「このまま強引にしようと思えば、スムーズにコトを進められる。だけどそれをしたくない俺の気持ち、わかってくれよ」「加賀屋……」「俺のこと、気になってるんだろ?」「ぅ、うん」 加賀屋に導かれるように、すんなりと答えてしまった。それは嘘偽りのない気持ちだったので、あっさり告げることができたのだが――。「気になる俺に触
***(ああもう笹良のヤツ、めちゃくちゃ可愛かったな――)「ううっ、もぅ嫌だ……」 ふたり並んだベッドの上で、笹良は俺に背を向けたまま、他にもブツブツ文句を言い続ける。それに耳を傾けながら、優しく話しかけた。「気にすることないって。俺しか知らないことだろ」「気にするに決まってるだろ! 普段はこんなに早くないんだからな!!」 勢いよく起き上がりながら喚き散らした笹良の顔は、見たことのないくらいに赤く染まっていた。耳朶まで赤くなっていることに吹き出しそうになりつつ、にっこり微笑みながら口を開く。「実際俺もイキそうだったし。ずげぇ気持ちよかったよな!」「嘘つくなよ……。加賀屋のと俺







